骨格は王道、味付けは独特。『本好きの下剋上』について語りたい。~後編

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中学高校と図書委員で、そのまま大人になって書店に就職した、いとうさです。
(ヴィレヴァンは遊べる『本屋』でございます!)

『本好きの下剋上』紹介記事の後編です。
前編はこちらから

前回記事、香月美夜先生ならびに多くの『本好き』ファンの方に読んでいただき、ご好評いただきまして、嬉しい限りです。皆様、ありがとう存じます!!

さて、前編では、主に主人公マインのキャラクター造型を中心に、王道かつ独特な魅力について述べてきましたが、後編では作中のメイン要素でもある『本作り』にスポットをあてていきたいと思います。

※現在アニメ化している範囲で、できるだけ核心になるネタバレは避けて書いておりますが、若干先の内容に触れるところ等あります

目次

きましたグーテンベルク‼

まずはアニメ版3期PVを

PVの最初のほうで、バッチリ金属活字が出てきます。

かつて、エンタメ小説、児童書、漫画、アニメ、といったジャンルでここまで金属活字がクローズアップされるて、あったでしょうか?
僕が知る限りでは『銀河鉄道の夜』でちょこっと(描写自体はがっつりでこれはこれですごい)くらいです。

金属活字活版印刷控えめに言ってもマニアックです

最初期に、古代エジプトのパピルス、メソポタミアの粘土板、古代中国の木簡・竹簡にチャレンジするも失敗。
日本の和紙+木版印刷でやっと『製本』に成功、と、われわれの世界の文字記録メディア技術史をハイスピードで駆け抜けてきたマインが、本を一般に普及させるためには必要なブレイクスルー『活版印刷』に達した時には、僕も『やはりきた!』&『ついに来た!』という感じでして。
作中熱く語るマインには、同じ本好き(マインには全然及びませんが・笑)として分かりみしかありません。

マイン役の井口裕香さんが朗読する、原作の金属活字の完成シーンがこちら。

こちらの動画、井口裕香さん印刷博物館体験動画の最終回でして、他に①~④まであります。
作中でマインが奮闘する本作りの元となる印刷史に始まり、実際に活版印刷を体験したりと、より作品世界に没入できるような内容でおすすめです。

本作りに携わる人に、マインから授けられまくるグーテンベルクの称号。作中でこの『グーテンベルク』はそのまま、本を作り流通させる職能集団の名称となります。
くりかえしになりますが、ここまでグーテンベルクが、活版印刷がクローズアップされたエンタメ作品が、かつてあったでしょうか⁉

さて、グーテンベルクの活版印刷(の実用化)といえば、マインも大いに語っている通り、本の歴史を語るうえで外せないまさに『歴史を変えた』出来事です。
昔は『火薬』『羅針盤』『活版印刷』をルネサンスの三大『発明』といいましたが、厳密には中国初の技術を普及レベルまで改良した、というのが正しく現在では『三大改良』ですね。

我々の世界でも大航海時代を支えた『羅針盤』その後の戦争の在り方を変えてしまった『火薬』と並ぶくらい『ヤバい技術』扱いだけあって、作中でも神官長がマインの知識によって『歴史が変わる』と確信するのがこの『活版印刷』です。

このグーテンベルクによる活版印刷の実用化で、われわれの世界の歴史に何が起こったかといいますと…

まず、グーテンベルクが最初に印刷したのが『聖書』でした。
グーテンベルクの42行聖書として、出版史、印刷史では有名です。(井口裕香さんによる印刷博物館体験動画にも出てきますね!)

この印刷された聖書の登場によって、それまで高価な写本を独占してきた教会(ざっくりくくってます)の権威が揺らぎました。当時の聖職者たちは『個人が各々自由に聖書を読むようになったら、勝手な解釈が横行して大変なことになる』と危惧したといいます。

さらに、有名なマルティン・ルターの宗教改革は、ルターの著書が活版印刷により爆発的に広まったことによると言われています。その後、当時幅を利かせていた、『本好き』作中でいう神殿長のような、支配階級の聖職者は大きく力をそがれることになりました。
作中で、神官長の危惧にマインも答えていますが、グーテンベルクによる活版印刷の実用化が、後の市民革命の発端となった、という歴史の見方もできます。

さて、そんな『ヤバい技術』、作中世界ではでオーバーテクノロジーの活版印刷ですが、作中での本にまつわるマインの現代知識チートには、さらにのちの時代の技術や概念も含まれます。
本を作って終わり、ではなく本に囲まれて暮らす、すなわち本を普及させるところまで視野に入っているマインですが、そのための仕込みも歴史の針を大きく進めるほどのものだったりするのです。

この現代知識がヤバい

作中でマインは識字率を上げるために、神殿学校で孤児たちに読み書きを教えることを推奨します。
将来の読み手と書き手を育成しようというわけです。

我々の世界では、江戸時代の日本や産業革命前後のイギリスなどでは、『貸し本』が大流行して、庶民にも多くの物語や入門書が読まれたのですが、その空前の貸本ブームを支えたのが、識字率の高さです。

その識字率の高さをを支えたのが、日本では寺子屋イギリスでは慈善学校で、どちらも貧しい子供に読み書きを無償で教えました。
読み書きの普及と、貸本のブームの両輪が爆発的に識字率を押し上げ、18~19世紀には、現代でも親しまれテンプレとしても通用するような『小説』が続々誕生します。
日本でいうと、江戸の貸本ブーム時代のベストセラー読本、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』なんかは、長編伝奇小説で現代のラノベのご先祖みたいな作品です。
作中のマインの目論見も、やがて大きく花開くことになるでしょう。

さて、マインの神殿学校が、どのくらい革新的かという話に戻りますと

個人的に、『本好き』作中の文明レベルは、われわれの世界の14世紀半ばくらいかな、と推測しているのですが
グーテンベルクの活版印刷は1445年、15世紀半ば。
寺子屋、慈善学校は、おおよそ18世紀くらいから盛んになります。
マインは活版印刷で100年、神殿学校で350年くらいは歴史の針を進めてしまうことになるわけです。

現代知識無双は、ラノベや漫画アニメでも王道の要素ですが、粉塵爆発とか爆薬とかテコの原理とか位置エネルギーや光学兵器や分子構造、みたいなド派手なものではなく
活版印刷、識字率向上、植物紙にインクの改良、と一見地味な渋い知識や技術ながら確実に世界を変えるインパクト
前編でもさんざん述べましたが、この王道の骨格に独特の味付けで、それが本作り&本の普及に収束するこの物語の根底部分が『本好きの下剋上』ひと際輝くユニークさだなあと、思うのです。

本好きというテーマ

前編で、マインのキャラクターの特徴として、魔力暴走トリガーが主に本への欲求をさまたげられるのを例に、本への想いが第一であるという説明をしましたが、
物語がすすむにつれて、魔力暴走要因に『親しい人々の危機』という面が強く出てきます。
初期にマインの本への想いの強さが際立つ分、成長するにつれてかかわった人々や、前世で母親を大切にできなかったと感じていることからの家族愛の強さなどがより伝わってくる、という極度の本フリークという独特さと愛情深い内面とが両立した、主人公らしいキャラクターになっていきます。

また、作中マインが本を普及させるために尽力すればするほど、権力や既得権益とぶつかることになりますが、たびたびマインや親し人々に害を及ぼす原因となる身分制度とも連動していて、支配階級の在り方が、物語上の困難として立ちはだかることになります。

我々の世界でも、本(文字のよる記録メディア)の歴史はたびたび権力や既得権益と対立し打ち破る、ということの繰り返しで、特殊な技術であった口伝が文字による記録メディアとなり広く長く正確に残るようになり、希少で一部特権階級のものだった写本は、印刷術の発展により大量複製可能になり、より広く民衆のものとなりました。
(その後も高価で富裕層のものにだった本は、廉価なハードカバーとなり、さらに文庫やペーパーバックになり、今では電子書籍で無料で読めるものも数多くなりました。)

主人公マイン(ローゼマイン)本への偏愛と欲求を軸にしながら、主人公の人間的な深みや成長、旧弊な社会の打倒、本の発展史を盛り込んだ世界への影響という広がりをもち、
なろう系王道要素、多彩なキャラクター、作りこまれた異世界冒険譚、と少年少女向け物語の魅力てんこ盛りで描かれる、『本好きの下剋上』
テーマである『本』が主人公のキャラクター、成長譚、世界との対峙まで絡んでくる物語は、まさに本好きに捧ぐビブリアファンタジー。

さらに、すでに存在する本好きに捧ぐにとどまらず、新たな本好きを生み出し続ける物語だと、いち本好きとして付け加えたいと思います。

以上、様々な魅力、切り口のある作品のほんの一部ではありますが、僕の思う『本好きの下剋上』の魅力を語らせていただきました‼

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この記事を書いた人

ヴィレヴァン歴ン十年。全国異動中のサブカルおじさん。

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