だいたいおんなじ毎日をお過ごしの皆様こんにちは。ワイです。
でもまぁまぁそれなりOKだよね。うんうん、そういうことにしときたい。
生きるのはしんどいけど。給料増えねえかなあ。交通費も欲しいなあ。
全然OKじゃなさそうですね、あれれれ。まぁどうでもいいですワイのことは。
さて皆様、今年も5月2日が近づいてきましたね。この日付を聞いて、皆様は誰を思い浮かべますか?
貴方の周りの大切な人?日本のロックレジェンド、清志郎さん?そもそも誰も浮かばない?
まぁまぁそれぞれ色々あるでしょう。いいんです。いいんです。
今回は、この日本に「ヴィジュアル系」を生み出したレジェンドの1人、
そしてワイの人生に多大な影響を与えた偉大なるアーティストをご紹介致します。
その人の名は、XJAPANのギタリスト兼ソロアーティスト、hide。
飛びながら、Xやzilchi、hideやスプレビの曲を聴きながら、
ゆっくりと彼がいたあの日、あの時に想いを馳せながらなど、
あなたのお好きなスタイルで読んでくださいね。
クッソ長くなってしまったので長めの電車通勤・通学してる人とかおすすめです。知らんけど。
最後までよろしくお願いします!
※あまりにもワイの中で伝説すぎるので、リスペクトを込めて記事内の表記は敬称略で統一、
名前の表記は時代ごとに大文字小文字で分けさせていただきます🙇♂️
hideの生い立ち~松本秀人がHIDEになってhideになるまで~
引用元:hideオフィシャルサイト-https://www.hide-city.com/profile/
1964年、神奈川県は横須賀市に生を受けたhideこと松本秀人。
幼少期は肥満体型がコンプレックスで、内気な少年だったそう。
学校の昼休み中は彼を含む太っている子だけが集められてよく走らされていたそうな…。
有名なエピソードですが人間ってここまで垢抜けるんだなあ…と改めて思います。
そんなHIDEとロックの出会いは中学時代まで遡ります。
友人の勧めとKISSのレコードがきっかけでロックを聴くようになり、
おばあ様にレスポールを買ってもらってギターを始めたそう。
ちなみにこのレスポールは若い頃お金に困って売ってしまったそうで、所在はわからないとのこと。
あなたがいつか中古で買ったレスポールはhideのものだったかもしれません…。
バラされてないことを願うばかりです。
そして、高校生になると、横須賀市内のどぶ板通りに通うようになり、
高校2年生の頃、そこで出会ったメンバーで結成されたのが、サーベルタイガー。
後に横須賀SAVER TIGERと改名するあのバンドです。
ここにギタリスト・HIDEが誕生し、精力的に活動を続けていましたが、紆余曲折を経て、87年1月に解散。
この時、HIDEは専門学校に進学し、美容師を目指して働いており、
サーベル解散時にはひどく落ち込み、その後来たバンド加入の誘いも全て断って音楽を辞め、
美容師として生きていこうとしていたそう。そんな時に彼に声をかけてきたのがYOSHIKI。
彼に説得されたHIDEは、もう一度ギタリストとしてやっていくことを決心し、Xに加入。
加入後の初仕事は、当時の日テレの人気番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の
ヘビメタコーナー内で行われた、伝説の「やしろ食堂ライブ」。
狭い食堂内でいつもの調子で激しいLIVEをするという実にクレイジーなものでした。
ここから彼らはバンドとして知名度を上げていくことになるのですが、
当時は「ロックをネタにしやがって!!」と同業者からかなりのヘイトを買ったようです。
バンド内では、元美容師という経歴を生かし、メンバーのヘアメイクを担当。
デビュー当時の過激で美しい見た目、イメージを作り上げることに貢献しています。
Xのレーベル「エクスタシーレコード」では、新人発掘を担当しており、
LUNA SEA、GLAY、ZI:KILL、DEEPなどをデビューさせています。
どのバンドも、今日まで長く愛されているバンドばかりであるというところからも、
彼のセンスの良さ、慧眼を感じますね。
こうしてXに加入した後のHIDEはバンドの人気上昇と共に一躍スターダムにのし上がります。
93年からはhide名義でソロ活動をスタート。
94年にソロ1stアルバム「HIDE YOUR FACE」をリリース。
96年には、ZEPPET STOREやVINYL、trees of lifeらを輩出したレーベル「LEMONed」を設立し、
自身も2ndアルバム「PSYENCE」をリリース。
その翌年、色々あってX JAPANが解散。
その解散ライブの翌日、98年1月1日に新聞に全面広告を打ち出し、
hide with Spread Beaverの活動開始を宣言。1月28日にシングル「ROCKET DIVE」をリリース。
そして、スプレビ名義の2ndシングルとなる「ピンクスパイダー」のリリースが間近に迫った1998年5月2日。
この日の朝、飛び込んできたニュースに、日本中が驚愕します。
hide、死去。
この速報は瞬く間に全国を駆け巡り、ファンのみならず、日本中の人々に衝撃と悲しみを与えました。
憧れの人の死に直面した悲しみや衝動で,ファンによる後追い自殺まで発生してしまい、
YOSHIKIをはじめとしたXのメンバーが会見を開き、思い留まるよう説得することになるほど、
誰もが信じられない、信じたくない悲報だったのです。
5月7日に行われた告別式はテレビで生中継され、
会場となった築地本願寺には5万人以上の人々が詰めかけ、その早すぎる死を悼みました。
当日は銀座の花屋から花が消え、地下鉄の車内は花の香りが充満していたとか。
彼の持つ影響力を象徴するエピソードですね。
そして死後の5月13日にシングル「ピンクスパイダー」、
27日には「ever free」がそれぞれ予定通りにリリース。
7月には生前完成させていた別プロジェクト・zilchの1stアルバム「3・2・1」が、
10月にはシングル「HURRY GO ROUND」が、11月には最後のアルバム「ja,zoo」がリリース。
その後も、追悼イベントの開催や、各種トリビュートアルバムの発売、
映画の公開、企画展やPOPUPショップの開催などが続けられており、
今なお多くの人々の中で伝説になっています。
そんな彼のエピソードの1つとして語られることが多いのが、
「ヴィジュアル系」という言葉を生み出したということ。
皆様が普段当たり前のように使うようになった「ヴィジュアル系」という言葉。
実はhideから始まっているのです。
諸説ありますが、もっとも有名な説がXのメジャー1stアルバム「BLUEBLOOD」のジャケにある、
hide考案のキャッチコピー「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」
からきている、というものと、ファッションや音楽が「○○系」として括られることが多かった当時、
hideが「じゃあ俺たちはヴィジュアル系じゃない?」と言ったから、というもの。
あとは上の言葉を引用したV系専門誌「SHOXX」創刊時につけられたサブタイトル
「ヴィジュアル&ハードショック・マガジン」から、という説も。
結局正確なものはわかりませんがこの言葉の源流にhideがいることは確かです。偉大すぎ。
オススメ曲
ここからは彼が残した名曲の数々をご紹介!まずはX時代の曲から。
バンドに絶対的ソングライター、YOSHIKIがいることもあり、
その数は多くないものの、インパクト抜群の楽曲を残しています。
それぞれ彼らしさを感じられるステキで過激な曲ばかり。ぜひ全部聞いてみてください◎
X編
1.SCARS
HIDEが作ったXの曲といえば!!なこの曲。96年に発売されたXJAPAN16枚目のシングルです。
実はXのシングル表題曲では唯一のHIDEによる作詞作曲で、YOSHIKI以外の曲が表題になったのもこれだけ。
ちょっと意外な気がします。HIDEが亡くなった98年にはジャケットを変更し、出し直されています。
この曲、とにかくHIDEらしい歪みまくった、ちょっとノイジーなギターと、ベースのフレーズがかっこいい。
耳に残るフレーズ満載です。最高。
19年に開催されたhideの生誕イベントでは、hideのヴォーカルverでこの曲が披露されていました。
そっちのverも音源出してクレメンス…円盤化!円盤化!!
2.SADISTIC DESIRE
X最初のアルバム「Vanishing Vision」に収録されたバンド内でも屈指の高速ナンバー。
まぁこの上に「オルガズム」とYOSHIKI殺しこと「Stab Me In The Back」という更なる高速ナンバーがあるのですが…。
YOSHIKI作詞、HIDE作曲で、元々はサーベルの楽曲「SADISTIC EMOTION」として作られた曲でしたが、
「Vanishing Vision」制作時にHIDEの提案で収録されることになったそう。
サビの上ハモが入ってくるタイミング、メロディラインが絶妙でとってもとっても好きです。
サビの1回し目が終わるところで思わず「ウォォォイッ!!!」って叫んで歌わせたくなりますよね。わかります。
このアルバムの女性が有刺鉄線で手を縛られ、胸にXの傷をつけられているあのジャケットは、
この曲がアイデアの基になっています。
ちなみにこのアルバムは、日本初の大記録を持っています。
インディーズレーベルから出た作品がメジャーチャートにランクインした初のアルバムなのです。
そりゃ伝説になるわな。かっこよすぎるもん。
これでも満足してないっていうんだからYOSHIKIをはじめ、メンバーの向上心には脱帽です。
初期からLIVEの2~3曲目の定番だった割に96年のDAHLIAツアー以来やってないんですね~
これだけ激しい曲なのでYOSHIKIをはじめ、メンバーの体がもたないのかもしれませんが。
スギ様Verも聴かせておくれよ。頼むよ。ソロのキュインキュインが聴きたいんだよ。頼むよ。
もうアルバムはいいから(よくない)(そもそもXのLIVEがない)(なんとかして)。
3.CELEBRATION
Xの記念すべきメジャーデビューアルバム、「BLUEBLOOD」に収録された1曲。
「WORLD ANTHEM」から始まり、「紅」、「WEEK END」、「X」、「ENDLESS RAIN」といった名曲が揃う、
捨て曲一切なしの言わずと知れた大名盤ですが、その中でも独特の存在感を放つこの曲もHIDEの作詞作曲。
「XにもKISSのようなロックンロールナンバーを」という思いで作られたそう。
歌詞のコンセプトは、
「9時~17時の生活に縛られて、色んな生活を夢見て、上に上がっていったけど、結局どこへ行っても同じだった」
で、そのモチーフとしてシンデレラを採用。
hideのソロライブや、XのLIVEのソロコーナー「HIDEの部屋」でも時折披露されていました。
ちなみに次作「Jealousy」に収録された「Joker」はこの曲の姉妹編。
後に7枚目にして「Standing Sex」を共に収録したX唯一の両A面シングルとして発売されています。
ワイ的トラメガ持って歌いたい曲ランキング1位。
ソロ&スプレビ編
ここからはソロ、スプレビ、zilchiなど、X以外の楽曲をピックアップ。
X時代にできないことをやったと言いつつも、Xで培った技術とhideの持つ色、
いち早く目をつけ時代を先取りしたデジタルサウンドが融合した色褪せない名曲が満載!!
ぜひ全曲聞いてみてください🤩
1.ROCKET DIVE
98年1月28日リリースのスプレビ名義初のシングルにして、hideの生前最後にリリースされた楽曲。
当時テレビ東京で放送されていた、
アニメ「AWOL -Absent Without Leave-」のOPに起用されました。
実はこの曲と続いてリリースされることになる、
「ピンクスパイダー」「ever free」は3部作になっており、
この曲には、「若いうちは失敗を恐れずどんどん飛び出していこう」、
「クヨクヨしないで前向いてロケットみたいに飛び出していこうぜ!」というような、
ポジティブなメッセージが込められており、曲調も明るいものになっています。
それともう1つ、X解散で悲しみに暮れるファンに向けて、
「トべる場所はまだまだあるぜ」というメッセージも込めていたとか。
ちなみにあの印象的なイントロは、
hideがロックに目覚めるきっかけとなったKISSの楽曲「ROCKET RIDE」のオマージュだったりします。
エース・フレーリー大好きだもんね。
このイントロを初めて聞いたPATAは思わず「パクリじゃねえか!笑」と言ったとか言わないとか…。
ちなみにこれです。ぜひぜひ聞き比べてみてください!
ちなみにCDには仮面ライダースナックのカードを模した「怪人カード」がついていました。
近年、アイドルがやってるような、CDを買って特典を集めるという手法の先駆けじゃないかと思います。
違ったらすみません。土下座します。hideちゃん商売上手なんだから。さすがです。
2.ピンクスパイダー
hideといえば!で語られることが多いこの曲。前述したとおり、実はリリースは亡くなった後なんですねえ。
印象的なギターリフとキャッチーなメロディが頭を離れない名曲です。まさに洗脳ソング。
途中の女の子の声はhide自身の声を加工したもので、峰不二子をイメージして喋ったとのこと。
確かに色っぽい。元々彼自身がとんでもない色気を持っているというのに。えっちすぎる。
ちなみに3部作の2作目となるこの曲に込められたメッセージは「飛び出した世界はそんなに甘くない」だそう。
失敗や挫折はつきものだからね。痛いけど必要なんだ。負けんなよ。というhideの声が聞こえるような気がします。
ちなみに、板チョコを模したCDジャケットには隠れた仕掛けが存在しており、
初回盤のみ、チョコと包み紙の部分が分離するようになっています。中には素敵なイラストが…。
近年、中古市場で再び8cmCDが盛り上がりを見せているおかげで、
一時よりは入手しやすくなっていますので、ぜひ手に入れて確かめてみてください。
3.ever free
hideが亡くなった直後、98年5月27日にリリースされた3部作最後を飾る楽曲にして、生前完成していた最後の曲。
「勢いで飛び出し」「失敗し挫折する」この過程を経たあとを描いたこの曲に込められたメッセージは、
「人生は何度でもやり直せる」。この曲のタイトルのように、「ずっと自由に」あり続けること、
一度失敗しても立ち上がればまた何度でも飛べる、そんな思いが込められているそう。
落ち込んでるときに聴くとだいぶ心に来ます。泣きながら頭振れる系の曲です。好。
ちなみに、hideの大ファンだという原作者の方たっての希望で、
2016年に放送されたアニメ、「ダンガンロンパ3 -The End of 希望ヶ峰学園- 希望編」の最終話のEDに起用されました。
時を超えてアニメとともにhideの曲が聞けるなんて胸熱・・・ッ!!
4.HURRY GO ROUND
5月2日に聴きたい曲ランキングがこの世に存在するのならば、
RCサクセションの「雨上がりの夜空に」と並んで1位になるであろうこの曲。
hideはこの曲を完成させることなく旅立ってしまったわけなのですが、これを完成させた人物がいます。
それが、Xのマニピュレーターやスプレビのキーボード担当であり、
共同プロデューサーとしてhideとずっとともにレコーディングを重ねていたI.N.A。
hideの家に集まり、ひたすら2人でデモづくりに励んでいたそう。
その作業は、『「hide」というミュージシャンを「松本秀人」とI.N.Aの2人でプロデュースしている』
という感覚であったといいます。
そんな彼の手により、デモの状態で残っていた音源と書き上げていた歌詞を組み合わせ、
楽曲として完成させたのがこの曲。レゲエのようなリズムと後半の3拍子でどこか幻想的な雰囲気を感じます。
この曲に込められた彼の想いは色々な捉え方ができるし、そもそも歌詞を書いた本人はもうこの世にはいないので、
我々には推測することしかできませんが、個人的にはすごく前向きな歌詞なんじゃないかなと思っています。
何の因果か、彼の死と重なるフレーズも多いですが、これは遺書なんかじゃない、
人生というメリーゴーランドをもっともっと回していたい、楽しんでいたい、前を向いて生きていこう
というhideからのメッセージだ、と勝手に思っています。
生き溺れても、また春に会いましょうって、「また」って言ってくれてるし。そうでありますように。
ただの願望になってしまった。すみません。
5.DICE
94年発売の3rdシングルにして、アルバム「HIDE YOUR FACE」の冒頭を飾る1曲。
ソロシングルとしてはじめて、彼自身の歌詞が乗った楽曲でもあります。
バズーカのようなドラム、怒涛のように押し寄せる言葉と鋭いギターサウンド。激アツとはまさにこのこと。
なんとこの曲の音源のドラマーはあのテリー・ボジオ。
フランク・ザッパのバックや、ミッシング・パーソンズをはじめ、
ハードロック、プログレ、ニューウェイヴといった幅広いジャンルで活躍し、
「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」で5位に選ばれたスーパーレジェンドです。
hideがアメリカでレコーディング中、ダメもとでオファーしたところまさかのOKが出て参加が決まったとのこと。
この曲のベーシスト、T.M.スティーヴンスもテリーの推薦で参加が決まったそう。
そんなことある?あったんだよなあ。すごいですよね。
歌詞は、個性を大事に、ありのまま生きようというメッセージが感じられ、
音楽評論家の平山雄一氏は「1990年代最高の歌詞だ。周囲の無理解を恐れ、
上手に自己表現できないことにイラつく若者の心を書き切っている」と評しています。
腐りそうになったらこの曲を聴きましょう。まだまだやれる、やってやると思えるはずです。
6.TELL ME
94年3月に発売された4thシングルで、
昨年公開されたhideの映画「TELL ME 〜hideと見た景色〜」のタイトルにも使用されました。
ポップでキャッチーなメロディとサウンド、どこか切ない歌詞が心つかんで離さない名曲です。
この曲を後に出すシングルのカップリングで※一発録りVerを収録しようという構想を持っており、
※パートごとに録音するのではなく、せーので全員が音を鳴らしたものを録音すること。音源でありながらより生感を出せる。
「ツアーが終わったら“TELL ME”のレコーディングやるよ!」と何度も言っていたそう。
結局それが実現することはなかったのですが、00年1月、リリースから約6年、hideの死去から約2年の時を経て、
hide with Spread Beaver名義で一発録りではないものの録音しなおされ、
Voも未発表だったテイクを使用することで、新たなTELL MEとして世に放たれました。
それがこちら↓
より重低音マシマシのヘヴィなサウンドに進化しています。
心なしかhideのヴォーカルもちょっと悪っぽく、やさぐれて聞こえてきます。
MVも、様々な時代のhideを組み合わせた素晴らしいものに仕上がっています。
髪長くても短くてもかっこいいな、なんなの?好きです。一緒にタバコ吸いましょう。
マイセンスーパーライトはだいぶ前にメビウスに名前が変わったよ。
カートン買ってあげたい。禁煙しようとしてたみたいだけど。させないよ(静かにしろ)
8.子ギャル
14年にhide生誕50周年を記念して発売されたコンピレーションアルバム「子ギャル」。
そのタイトルトラックとなっているのがこちら。
実はこの曲もデモだけが残されており、LIVE(Ja,zooのツアー)でも演奏しており、
映像化もされている為、ファンも存在自体は知っていたものの、
音源が存在しない、いわば幻の楽曲のようになっていました。
そんな楽曲が完成してしまいました。hideはもういないのに。不思議ですよね。
どうしてこれが実現できたかというと、この曲には「ボカロ」の技術が使われているから。
生前レコーディングされたhideの声を1音1音抜き出して繋ぎ合わせ、
それでも足りない部分は開発中で非公表という秘密の技術を使って補いうことで、
hideが歌う新曲「子ギャル」が完成されたのです。技術の進歩がhideを蘇らせた、と言っても過言ではありません。
本人が聴いたらなんて言うのかなあ。本人がいたらどんなアレンジで発表されてたのかなあ。
そういえば音源すらない幻の楽曲「ZOMBIE’S ROCK」ってどんな曲だったんだろう…なんて考えてしまいますね。
ifの世界を想像することはいつだって楽しい。とにもかくにも、ja,zoo complete.
zilchiのおすすめは…
さあ、お待たせしました。ついにzilchiのご紹介を…と思ったのですが、
載せられる曲、なかった。
悔しいですが権利の都合上…ってやつです。すみません。
てことで軽くzilchiのご説明をば。
zilchiは、hideと、SEXPISTOLSのサポートなどの経歴を持つレイ・マクヴェイ、
インダストリアルロックの代表格として知られるイギリスのバンド、Killing Jokeの元メンバー、
ポール・レイヴンという、2人の外国人メンバーによってNYで結成されたバンド。
パンク、メタル、グランジ、オルタナなどといった、今までのロックに縛られない、
新たなロック像を作り出すべく活動を始めており、またhideがhideとして求められる音楽ではなく、
とにかくやりたいことをやる為のプロジェクトという側面も持ち合わせていました。
そんな彼らが作り出した、アメリカ音楽シーンへの挑戦状ともいえるアルバムが「3・2・1」。
前衛的なサウンドと、hideが話す日本語の発音に近い英単語が歌詞になった耳当たりのいいヴォーカルは、
リリースから30年近くたった今でも全く古さを感じさせません。
サブスクは未解禁ですが、CDは今でも中古で簡単に入手できるのでぜひ買って聴いてみてください◎
ついでにこれを機に音を手元に置いておく悦びに目覚めていただければと…。
hide with Spread Beaver、REBOOT
さて、ここまで読んでいただいた皆様はこうお思いでしょう。
なんであんたいきなりhideの話なんかするのよ、と。
最近流行りモノしか追っかけないヴィレヴァンのくせに。どうしたんだ急にと。
まぁ好きなものについて語るサイトだから常にいきなりではあるんですけどね。
一応その理由を書いておこうの、段!(忍者っぽい少年の声で)
だって、スプレビ復活するんだもん。
25年ぶりのワンマンLIVEを東京、大阪、そしてhideの故郷、横須賀にほど近い横浜で開催が決定!!!
数多く開催されてきたhideのメモリアルイベントは、ほとんどがトリビュートライブの形で開催されており、
hideを愛するアーティストがhideをカバーし、最後にスプレビメンバーとみんなで演奏…
みたいなのが多かったのですが、今回は正真正銘、hide with spread beaverのワンマン。
彼らの、彼らによる、彼らとファンとhideのためのLIVE、というわけです。アツ~!!!
残念ながらチケットはすでに完売…。ワイも一般に挑みましたが見事に爆死しました。くっそ。しゃーない。
でもいいんです。令和のこの世にまたhideという存在が示されるのですから。それだけで十分です。本当に。
行く方は全力で楽しんできてくださいね!!ワイの分まで!!!!
\ピンポンパンポーン/はい、行けない勢~チケット爆死勢~集合~!!
朗報です。
ワンマンLIVEの生中継が決定!!!
ヤッター!!!!希望あるやん!!!!見れるやん!!!!!
現地には行けないけど中継には間に合うぞ!!というあなた!!TVの前で全裸待機しましょう!!!!
スカパーやケーブルテレビを契約してる人はすぐ見れるみたいですよ!
まだの人はこのために契約してやりましょう。間に合うかどうかは知らん。頑張れ(あまりにも無責任)
しかも!このLIVEの中継は5月2日の18時30分からなのですが、なんと!!
16時~18時30分まではhideの2ndソロツアー「PSYENCE A GO GO」東京公演の模様をO.Aするとか!
さらに12時30分~14時までは、hideをロックに目覚めさせた世界的バンド、KISSのLIVEをO.Aと、
まさにエムオンがhideで染まる1日となりそうです。激アツ!!
ちょっと今からベランダにパラボラアンテナつけてきます()
最後に
ここまでお読みいただきありがとうございました!
hideが亡くなって今年で25年。その年にスプレビが再び集まる。
こんな素晴らしいことはないですね。
どうしてもLIVE行きたいな~~…譲り探そうかしら…。あるかわかんないけど。
そして何よりも、彼と同じ時間を、彼の生きていた時を過ごしてみたかった。この思いにつきます。
ワイ、99年生まれなのでね。オギャアした頃にはもう彼はいなかったんですよ。無念。あまりにも。
彼が生きる平成~令和はどんな風になっていただろう。音楽シーンはどうなっていただろう。
未だ彼はギターを弾いていただろうか。髪はずっとピンクなのか。
どんな音楽を奏で、どんなヴィジュアルで、
どんな景色を我々に見せてくれたのだろうか。
今頃Youtuberとかインスタグラマーとしても活躍してたんじゃないか。
そして、約束されていた2000年のXJAPAN再結成は実現していたのか、
あったとすればそれはどんな形だったのか…考えても考えてもその答えは見つかりません。
だって俺たちはhideじゃないし、hideにはなれないから。
彼のいない世界を、これからも強く生きていきたいと思います。
いつか天国で会えたりするんでしょうか。いや、会えると信じてます。
その時は「ねえ、これ知ってる?」つってあの日以降に生まれた、
世界の色んな面白いものの話ができたらいいな~。
「YouTube!?なにそれ!?」とかいってめっちゃ目を輝かせながら食いついてきそう。知らんけど。
まだまだ書き足りないのでhideもシリーズ化しようかなあ…。
反響次第でワンチャンあるかもしれません(うるさい書け)
今後書いてほしいこと、読んでいただいた感想などございましたら、
ぜひぜひコメントにお寄せください!!
記事へのいいね、VV公式Twitterからされるこの記事のツイートのRTもぜひお願いいたします!
では、今回はここまで。ありがとうございました!
それでは、また春に…とは言わず、次の記事で会いましょう。Good bye.
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